年収700万30代大手メーカー「会社に依存せず、自分で人生をコントロールしたい」家族を大事にしたいと語るさるビールさんが選択した本業×複業のキャリア戦略とは?

さるビールさん

30代大手メーカー年収700万

海外輸出コース2期生

年収700万、大手メーカー営業企画という「安定」の裏側

さるビールさんは30代前半。誰もが知る大手飲料メーカーで営業企画を担当している。営業として実績を積んだ後、自ら手を挙げて企画職へ異動した。市場リサーチや営業向け提案資料の作成、営業同行など、企画畑の仕事にやりがいを感じている。現在の年収は約700万円。30代前半としては決して低くはない。

しかし、上司たちの姿を見るうちにある現実が見えてきた。40歳で年収1000万円程度、さらに上のポジションでも1500万円で頭打ち。あと10年頑張っても年収は300万円ほどしか上がらない。しかも上に行けば行くほど、平日も休日も問わず拘束時間が増えていく。「これが人生として理想の形なのか」。大企業の出世コースに乗りながらも、その先に描ける景色には限界があった。

家族を中心に据えた、キャリアの再設計

さるビールさんが営業から企画職への異動を希望した理由は明快だった。家族との時間を捻出しやすい働き方を選びたかったからだ。専業主婦の妻がいて、転勤族という事情もある。妻には家庭を支えたいという強い想いがあり、そのライフスタイルを尊重したい。出世だけを追うのではなく、「家族の幸福の最大化」が一番のテーマだと語る。

ただ、家族に与えたい経験や自分がやりたいことのすべてが、今の収入だけで叶うわけではない。生きていくだけなら困らないが、どこかで我慢が必要になる。その感覚は日々じわじわと積もっていた。転勤族の妻が定職につきにくいという現実もあり、本業以外の収入源を持つことへの関心が静かに芽生えていった。

1年間の観察と、独学での挑戦が支えた決断

きっかけはTwitterで目にした発信だった。会社員でありながら自分で事業を持つという選択肢があることを、そこで初めて知った。副業といえばアルバイトやフードデリバリーのイメージしかなかったが、会社に所属しながら自分の事業を回すという道があると気づいた瞬間、面白そうだと感じた。ただ、すぐには動かなかった。約1年間、発信を見続け、先に始めた人たちが実績を出していく姿を確認してから、ようやく応募を決めた。

妻からは当初反対があった。しかし、さるビールさんには切り札があった。入会前から自分でnoteを購入し、独学で海外輸出に取り組んでいたのだ。その背中を妻は見ていた。本気で取り組んでいるという前提が伝わっていたからこそ、高額な初期投資への理解と応援を引き出すことができた。

夫婦で月利20万円を達成、そして想定外の副産物

妻と二人三脚で海外輸出に取り組み、月利20万円を安定的に確保できるようになった。関税の影響で一時的に10万円台まで落ちることもあったが、当初「月10万〜20万円稼げたらいいね」と夫婦で話していた目標はクリアしている。周囲には月50万〜100万円を安定して稼ぐ人もおり、そこに向けた成長意欲も生まれてきた。

ただ、1年半で得たものは収益だけではなかった。時間の使い方が変わり、人生のライフプランの考え方が変わった。不動産の知識を学んだことがきっかけでマイホーム購入にもつながった。それまでは「成り行き任せ」だった人生設計が、未来に対して計画的に、自分で選択肢を作りに行く姿勢へと変わっていった。

選択肢を自分で作ることが、幸福度を高める

多くの人がストレスを感じるのは、選択肢を狭められたり、何かを強要されたりする場面だとさるビールさんは言う。逆に、自分で選択肢を作りに行くこと、自分で選ぼうとすること、その全てが主体的であること自体が幸福度を高めている。海外輸出の実績が上下する不安はあっても、それを上回る手応えがある。自分の人生を自分でオーガナイズしていく感覚が、1年半で手に入れた最大の財産だという。

「30代、40代になったら人間の根本は変わらない」とよく言われる。しかし、それはドラスティックな環境変化を避けているだけだ、とさるビールさんは振り返る。飛び込んでみれば、意外なほど自分は変われる。1年前の自分には見えなかった景色が、今は確かに見えている。

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