「思うようにいかない駒だな」転勤オファーを断った33歳年収800万専門商社勤務ざわさんに訪れたキャリアの再選択とは【TEKO独占インタビュー】

ざわさん

33歳専門商社勤務年収800万

海外輸出コース1期生

転勤オファーを断ったところから、キャリアの再選択が始まった

ざわさんは、33歳で専門商社に勤める営業職だ。新卒から11年同じ会社で働き、本業年収は750万〜800万円ほど。直行直帰型の営業として長く実績を積み、会社員としてはかなり堅いキャリアを歩んできた。

転機になったのは、北関東への転勤打診だった。2〜3年後の昇進も見えるオファーではあったが、生活拠点を変えることは家族の暮らしにも直結する。ざわさんは妻と話し合い、昇進ルートよりも家族の生活を優先して転勤を断った。そこから、会社の中だけで評価される生き方を見直す必要が出てきた。

家族の生活を守るために、昇進ルートから外れる覚悟をした

転勤を断ることは、単に勤務地を選ぶ話ではない。会社の中での見られ方や、将来の昇進ルートにも影響する。ざわさん自身も、会社からの評価軸が変わる感覚を受け止めながら、転職活動まで視野に入れて動き始めている。

ただ、その判断は逃げではなかった。昔は家族のために出世し、年収を上げることが最優先だった。けれど今は、家族が住環境を変えずに安心して暮らせることの方が重くなっている。会社の中での正解よりも、自分たちの生活にとっての正解を選ぶ。その現実的な葛藤が、ざわさんの話の中心にある。

10か月伸びない海外輸出を、それでもやめなかった

ざわさんは、TEKOに入る前から副業を探していた。ランサーズやブログ収入なども見たが、収益規模や継続性に手応えを持てなかった。プロパー八重洲の発信に触れ、期待値調整の明確さや情報の深さを見て、海外輸出に踏み出した。

とはいえ、最初から順調だったわけではない。初月は1〜2品が売れる程度。5月には月利4万円ほどの手応えがあったが、その後は本業の繁忙やトラブルも重なり、月利1.5万円〜3万円ほどの時期も続いた。伸びない期間が長かったからこそ、続けること自体が試されていた。

月利22万円は、働き方を変えた後に出た

転機になったのは、妻との話し合いを経て働き方を変えたことだった。帰宅時間を早め、副業に向き合う時間を確保する。テレビやゲームに使っていた時間も、海外輸出に回す。ざわさんは生活の中で時間配分を組み直していった。

その結果、2024年1月には直取引や還付も含めて月利22万円を達成した。大きな一発ではなく、伸び悩みの後に出た数字だから意味がある。会社の中で評価が揺らいでも、自分の手元で作れる収益がある。その実感は、ざわさんのキャリア観を確実に変えている。

TEKOの価値は、ゼロ報告にも返ってくる環境だった

ざわさんがTEKOで印象に残しているのは、ノウハウだけではない。苦しい時期にも報告を止めずにいると、運営が必ず反応してくれる。ゼロ報告にもコメントが返ってくる。その姿勢が、続ける理由になっていた。

副業は、成果が出ない時期ほど孤独になりやすい。周囲に言いづらく、自分の中だけで失敗を抱え込むと、自然と手が止まる。ざわさんにとってTEKOは、静かに続ける人を見捨てない場所だった。派手な成果よりも、その環境が継続を支えている。

TEKO読者への示唆

ざわさんの話は、転職や副業の話としてだけ読むと浅くなる。本質は、会社の評価軸と家族の生活のあいだで、自分の判断軸を作り直したことにある。

強い会社に勤めていても、転勤、昇進、評価、家庭の事情は自分の思い通りにはならない。だからこそ、会社の外に小さくても自分で作れる柱を持つ意味がある。ざわさんのインタビューは、本業を捨てる話ではなく、本業に人生を預けきらないための現実的な一歩を見せてくれる。

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