「会社員としてはもう登り切ったんで」30代年収2,000万円総合ディベロッパー勤務ゆってぃさんが語る会社員×事業者キャリアの展望とは?【TEKOオフ会インタビュー】
ゆってぃさん
海外輸出コース4期生 / 不動産コース
総合ディベロッパーで年収2,000万円。それでも「何かが足りない」と感じた2年間
ゆってぃさんは37歳。大手総合ディベロッパーに勤務し、商業施設やビルの開発・営業に携わっている。数千億円規模の開発プロジェクトに関わるスケール感と、年功序列の給与体系による高い報酬。会社員としてのキャリアは、客観的に見れば十分すぎるほど順調だった。
しかし2年ほど、年末のたびに「今年は何をしたんだろう」「来年は何をしようか」とモヤモヤする時期が続いていたという。仕事は安定していたが、成長実感が薄れていた。周囲では起業したり事業を始めたりする友人が増え、「事業をやるとはどういう感覚なのか」という問いが、静かに膨らんでいった。
「副業がしたかったわけじゃない」事業という選択肢に惹かれた理由
ゆってぃさんが海外輸出に興味を持ったきっかけは、副業で稼ぎたいという動機ではなかった。前職ではITプロダクトの開発に携わり、プロダクトマネージャーとして働いていた経験もある。自分のスキルだけでは一定の天井が来る。それを超えるには、人に任せて広げられる事業構造が必要だと考えていた。
海外輸出は、リサーチや出品を他の人に依頼できる仕組みがある。自分がやったことを他者に再現してもらい、スケールさせていける。その事業モデルとしての拡張性に惹かれたのだという。コンサルの依頼を受けて月数十万円を稼いだ経験もあったが、単発で継続性がない仕事には魅力を感じなかった。
平日は深夜3時まで。出荷以外すべて自分でこなす日々
朝8時から9時に出社し、夜7時から8時に帰宅。そこから海外輸出の作業に取りかかり、深夜2時から3時まで続ける生活が始まった。出荷は家族に手伝ってもらっているが、在庫管理、リサーチ、再出品、バイヤーとのやり取りはすべて自分一人。飲み会のある日は10時から11時にスタートし、やはり深夜3時まで作業する。
家族には「お金を稼ぐのが趣味のような人間だ」と理解してもらっている、とゆってぃさんは笑う。ただし外注化の前に、まず自分一人で月50万円を超えることを目標にしていた。教える立場に立つには、自分が一通りの工程を経験していなければならないという考えからだ。
月5万円から始まり、5ヶ月目で88万円。加速の転機
初月の売上は5万円。10時間以上の稼働でこの金額かと落胆した。しかし2ヶ月目に13万円に達した時点で「20万円はいける」と手応えを感じ、3ヶ月目には30万円を突破。そこから売れるスピードが一変し、5ヶ月目で88万円、6ヶ月目で80万円と推移した。想定をはるかに超えるペースだった。
スポーツを長く続けてきた経験から、独学よりも人に教わるほうが効率的だという確信があった。学校でもスポーツでも、まず基本を教わり、ステップを踏み、そこからオリジナリティを加えていく。その登り方が正しいと信じていたからこそ、1ヶ月以上悩んだ末にTEKOへの参加を決めた。
「会社員としてはもう登り切った」その先に見える景色
20代から30代前半にかけて、サラリーマンとして年収を上げていくことがゆってぃさんの目標だった。それをある程度達成した今、見えてきたのは別の景色だ。海外輸出や不動産で月のキャッシュフローが300万円、400万円に届いた時、本当に会社員を続ける必要があるのか。年収だけでは測れない「自由」の価値に、初めて気づき始めている。
辞めると決めたわけではない。ただ「辞めるという選択肢を持てる状態」を作りたい。会社員としてのキャリアをキープしつつ、新しいビジネスモデルを育てていく。苦しみながらも新しいことに挑み続ける環境に身を置いたことで、2年間のモヤモヤは消えた。踏み出さなければ、失敗したかどうかすらわからない。ゆってぃさんの言葉には、すでに次のステージを見据えた静かな確信がある。
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