「この働き方は続けられない」20代後半年収800万円ゼネコン勤務ショーキさんが語る会社に依存しない働き方とは【TEKO独占インタビュー】
ショーキさん
海外輸出コース5期生 / 不動産コース
ゼネコン施工管理という仕事──20代で年収800万円の裏側
建物を見ることが好きだった。その素朴な動機から建築を専攻し、中部地区のミドルティアゼネコンに新卒で入社したショーキさん。配属先は大規模なジョイントベンチャー現場で、入社1年目から3年目まで、年間の半分近くを工事事務所の段ボールの上で寝泊まりする生活が続いた。職人から毎日罵声を浴びながら、経験のなさを現場でぶつけ続けた2年半だった。
その激務を経た今、29歳のショーキさんは定時出社・定時退社のサイクルを自力で作り上げている。20代後半で年収は700〜800万円。同期や同年代の友人と比較しても高い水準だと自覚している。けれど、その数字の裏にある時間拘束と体力消耗が、「この働き方を今後も続けるのか」という疑問を静かに育てていた。
独学で2年──不動産投資とSNS副業が教えてくれたこと
会社に依存しない収入の軸を作ろうと決めたショーキさんは、まずお金の知識から固めにかかった。FPと宅建の資格を取得し、不動産投資の本を70〜100冊読み漁った。大家の会には入らず、1day改修体験に参加し、地場の不動産会社にチラシを2000枚配り、名刺を渡して物件情報を待った。2年間で3〜4件の声がかかったが、水回りの費用などを総合判断してすべて見送った。
並行してInstagramでSNS副業にも取り組んだが、フォロワーは伸びず、TikTokに移行してようやくデジタルの0→1収益化を達成した。ただ、結果以上にショーキさんが痛感していたのは「方向性が合っているのかわからないまま時間を浪費している」という感覚だった。独学で挑戦したからこそ、独学の危うさに気づいていた。
Xの投稿がきっかけで知ったTEKO──5期生、締切直前の滑り込み
転機になったのは、Xで目にしたハオの投稿だった。個別コンサルを受けたTEKO生が売上を10倍に伸ばしたという内容に「自分も変われるのではないか」と感じ、個別コンサルについて質問したところ、返ってきたのは「TEKO生にしかやっていません」という一言。そこで初めてTEKOの存在を知り、プロパー八重洲の発信を調べ始めた。
他のコミュニティとは違う空気を感じた。甘い誘い文句ではなく、「そんな生ぬるいものじゃないぞ」という現実的な姿勢に、薄っぺらさのない本気を見た。プロパー八重洲を知ったその日に入会を申し込んだ。5期生募集の締切ギリギリ、5月末の滑り込みだった。
月利1万円から40万円へ──4ヶ月で跳ねた行動量の設計
海外輸出を始めて最初の月、月利は1万円。そこからショーキさんは「周囲の3〜4倍の行動量でやる」と決めた。TEKO内で実績を出しているメンバーの活動量が文章から伝わってくる環境で、「この人たちよりさらにやらないと追いつけない」と考えたからだ。朝は出社前の1〜2時間でバイヤー対応と仕入れ・事務処理を済ませ、18時の退社後から24時までは海外輸出の作業に充てた。
7月に月利15〜20万円、8月に30万円超、9月には40万円前後。趣味だった筋トレの優先順位を下げたことも大きかった。TEKO生の活動量を目の当たりにしたとき、「何をなめくさってやってるんだ」と自分に問いかけが生まれた。筋トレの時間を削っても、質を維持すれば身体の目的は達成できる。目に見えやすい成果に酔っていた自分に気づいたことが、もうひとつのターニングポイントだった。
会社に依存しないマインドと、その先に見据える不動産投資
海外輸出を始めてから、ショーキさんの本業への向き合い方も変わった。会社で上を目指すことだけに意識を向けていた状態から、「雇われる側からこちらが優位に立てる側へ」と視点が反転した。本業の手を抜いたわけではない。むしろ時間を有効活用したいという意識が強まり、以前より全力で取り組むようになった結果、残業が大幅に減り、社内から「どういう働き方をしているんだ」と声がかかるほどになった。
もともとTEKOに入った動機のひとつは不動産投資だった。独学時代に配った2000枚のチラシ、読み込んだ数十冊の不動産書籍、地場の不動産会社との関係──すべてがまだ生きている。まずは月利の水準を安定させ、その先で不動産賃貸業に踏み出す。2年間の独学は実を結ばなかったが、コミュニティで加速した4ヶ月が、あの時間の意味を書き換えようとしている。
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