「子供を貧乏の言い訳にしたくない」30代製薬会社MSL年収800万円ひろきょうさんが語る本業×複業の成長戦略とは【TEKO独占インタビュー】

ひろきょうさん

30代製薬会社MSL年収800万

海外輸出コース6期生 / 不動産コース

理学療法士から製薬メーカーMSLへ――年収800万円でも足りない3児の父の危機感

ひろきょうさんは30代半ば、製薬メーカーでMSL(メディカル・サイエンス・リエゾン)として働いている。元々は病院の理学療法士としてリハビリに従事していたが、自分の専門領域で使われる製品を扱うメーカーのメディカル部門に転職した。業界でも珍しい、アカデミアからの直接参入というキャリアパスだ。

製薬業界はホワイトで、休みも取れる。年収は約800万円。しかし子供が3人いる。「まだ小さいけれど、年々大きくなるにつれて危機感が増していった」と語る。贅沢ができるかと問われれば難しい。製薬に転職する前から副業の必要性は感じていたが、子供の成長とともにその切迫感は現実の数字として見え始めていた。

「うちは貧乏だから私立には行けません」――その自分の姿が恐ろしかった

副業を決意させた最大の動機は、ある想像だった。受験期の子供に「うちは貧乏だから私立には行けません」と告げる自分の姿を思い浮かべた時、強い嫌悪感が湧いた。子供の選択肢を経済的な理由で奪うことが「ダサい」と感じた。その自分への嫌悪感が、行動のエネルギーに変わった。

子育てと本業をしていると、隙間時間にダラダラしても「これだけやってるんだから」と正当化してしまう自分がいた。しかし将来その正当化の先に「お父さんは子育てで手一杯でお金が足りなかった」という言葉が待っているなら、子供を言い訳にしているのと同じだ。モチベーションの種にはするが、うまくいかない時の言い訳には絶対にしないと決めた。

「血が通っているコミュニティ」と感じた1〜2週間のリサーチ

TEKOを知ったのはXの別アカウント経由だった。面談までの1〜2週間で徹底的に調べた結果、物販海外輸出のコミュニティの中で実績が外部に可視化されているのはTEKOだけだと判断した。特に受講生が自発的にX上で発信している様子から「血が通っている」「生きている」感覚を受けた。

初回面談では営業スイッチを感じなかったことが大きな決め手になった。「ちゃんとやらないと稼げないよ」という当たり前の言葉が、逆にすっと腹に落ちた。人に教わることにお金を払うのは学校や予備校と同じで当然だという価値観があり、投資への心理的ハードルは低かった。やる気が不安を上回った。

半年で月利2万円から40万円へ――慎重さが生んだ右肩上がりの成長曲線

入会後の実績は、月2〜3万円からスタートし、10万円台を2回、20万円台、30万円台を経て、直近月は40万円台に到達した。6期生の中でもトップクラスの成長曲線だ。成功要因として本人が挙げるのは、入会タイミングが海外輸出の環境変化前だったことと、最初から無茶をせず慎重に販売を重ねたことだ。

欲を出しすぎない姿勢が土台を作った。TEKO内では月5万円でも大きく見えていた基準が、活動を続けるうちに「これっぽっち」に感じるほど上がっていった。周囲のアグレッシブな先輩メンバーの存在が「分厚い壁」として見え、その壁を追いかけることがモチベーションになっている。

「人生が濃くなった」――事業者マインドと資本市場への視点転換

副業を始めて最も大きな変化は「人生が濃くなった」ことだと語る。社会人10年を超えると単調になりがちだった日々に、全く異なるゲームフィールドが加わった。自分で汗をかき、自分でやっている感覚。本業では副業に時間を残すために効率化が進み、漫然とした不安解消のための勉強がなくなった。それでも本業は問題なく回っている。

TEKOを「ただの副業で収入源を作るグループではない」と評価する。事業者としての考え方やより大きな視点を学べる場であり、踏み込まなければ分からなかった世界を知れたことが、半年で手に入れた最大の財産だ。「踏み出す以外に選択肢がないことは心のどこかで分かっているはず。早い方が絶対にいい」と、かつての自分と同じ立場の人に向けて語る。

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