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株の確定申告で国保が上がる?FIREを目指すなら知っておくべき節税の落とし穴
「配当控除を使えば所得税が戻ってくる」——その情報は正しい。でも、その申告が国民健康保険料を数十万円単位で引き上げる可能性があることを、あなたは知っているだろうか。
FIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指すハイキャリア層にとって、株式投資の税務戦略は「手取りを最大化する」うえで欠かせないテーマだ。しかし、所得税の最適化だけを追いかけると、社会保険料という”見えないコスト”に足をすくわれる。本記事では、確定申告の選択肢ごとのトレードオフを具体的な数字で整理し、自分に合った判断軸を提示する。

01まず確認:株の確定申告には3つの選択肢がある
株式投資の税務処理には「申告不要」「申告分離課税」「総合課税」の3択があり、どれを選ぶかで手取りが大きく変わる。
特定口座(源泉徴収あり)を使っていれば、原則として確定申告は不要だ。証券会社が税金(所得税15.315%+住民税5%)を自動で差し引いてくれる。しかし「申告すれば得をする場面」が存在するため、多くの人が確定申告を検討する。
問題は、その「得」が所得税・住民税の文脈だけで語られがちな点にある。国民健康保険料(以下、国保)や扶養の判定基準は、また別のルールで動いている。
| 申告方式 | 税率 | 国保・扶養への影響 |
|---|---|---|
| 申告不要(源泉徴収) | 20.315%(固定) | 影響なし |
| 申告分離課税 | 20.315%(固定) | 所得として算入される |
| 総合課税(配当のみ) | 累進税率(最大55.945%) | 所得として算入される |
申告分離課税・総合課税を選ぶと、その所得が「合計所得金額」に加算される。これが国保の保険料算定の基礎になるため、節税のつもりが保険料増額につながるのだ。
02なぜ「配当控除」は万能ではないのか
配当控除は、国内株式の配当に対して所得額から一定額を差し引ける制度だ。総合課税を選択した場合、配当所得の10%(課税所得1,000万円超の部分は5%)を税額控除できる。住民税も2.8%の控除がある。
国税庁の資料によると、配当控除の適用により、課税所得が695万円以下の場合は実質的な税負担が申告不要の20.315%を下回るケースがある。これが「低所得者や退職後の年金生活者には有利」と言われる理由だ。
ただし、ここに大きな落とし穴がある。
総合課税を選ぶと、配当所得が「合計所得金額」に丸ごと加算される。
国保の保険料は自治体ごとに異なるが、多くの市区町村では「前年の合計所得金額」を基に算定する。たとえば東京23区の場合、国保の所得割は所得に対して約8〜10%程度かかる(2024年度)。年間100万円の配当を総合課税で申告すれば、それだけで国保が年間8〜10万円増える計算になる。

03所得税で得しても、国保で負けるケース
具体的な試算を見てみよう。
このケースでは総合課税が有利に出た。しかし、配当収入が500万円・1,000万円と増えると状況は変わる。国保には上限額(2024年度の医療分は89万円)があるため、一定以上の所得では申告不要が有利になる場合もある。
さらに重要なのが、住民税の申告方法を所得税と別に選択できるようになった点だ。2023年度税制改正以降、所得税は総合課税(配当控除で還付を受ける)、住民税は申告不要(国保への影響を遮断する)という組み合わせが可能になった。
ただし、2024年度からの制度変更で住民税の「申告不要制度」の扱いが変わっているため、最新情報の確認が必要だ。※税務判断は必ず税理士にご確認ください。

04FIREを目指すハイキャリアが陥りやすい3つのパターン
ここからは、実際によくある失敗パターンを整理する。
パターン1:退職直後に配当控除を使いすぎる
大手商社を52歳で早期退職したAさん(仮名)のケース。退職後は国保に切り替え、保有株からの配当収入が年間300万円。「課税所得が低くなったから配当控除を使えば得だ」と判断し、全額を総合課税で申告した。
結果、国保の所得割が一気に跳ね上がり、保険料が年間約35万円に。退職前の健康保険(協会けんぽ)の任意継続と比べても高くなってしまった。申告不要を選んでいれば、国保は均等割のみで約10万円程度に抑えられた可能性がある。
パターン2:扶養の壁を意識していない
配偶者や親族を扶養に入れている場合、税法上の扶養(配偶者控除等)は被扶養者の合計所得金額が48万円以下であることが条件となる。一方、社会保険(健康保険)上の扶養については、収入ベースで年間130万円未満(60歳以上・障害者は180万円未満)が目安となっており、税法上の基準とは異なる。
株式の配当を申告分離課税や総合課税で申告すると、被扶養者の「合計所得金額」が増加する。専業主婦・主夫の配偶者が少額の株式投資をしている場合、確定申告の選択次第で税法上の扶養から外れ、世帯全体の税負担や社会保険料が大幅に増えるリスクがある。
パターン3:損益通算のために申告分離課税を選んだが…
株式の譲渡損失と配当所得を損益通算するには、申告分離課税を選ぶ必要がある。損益通算自体は合理的な判断だが、その結果として申告した配当所得が国保の算定基礎に加わることを忘れがちだ。
「損失を取り戻した」と喜んでいたら、翌年の国保保険料が大幅に上がっていた——というのは、FIRE層に限らずよくある話だ。

05「所得税・住民税・社会保険」を一体で最適化する考え方
ここが本記事の核心だ。多くの解説記事は「所得税だけ」「住民税だけ」で最適解を語る。しかし実際の手取りを最大化するには、所得税・住民税・国保(または社会保険)の3層を同時に俯瞰する必要がある。
制度の構造を整理すると、こうなる。
| 税・保険料 | 算定基礎 | 申告不要時の扱い |
|---|---|---|
| 所得税 | 申告した所得 | 源泉徴収で完結 |
| 住民税 | 申告した所得(または特別徴収) | 源泉徴収で完結 |
| 国民健康保険料 | 前年の合計所得金額 | 算入されない |
| 後期高齢者医療保険料 | 前年の合計所得金額 | 算入されない |
| 介護保険料 | 前年の合計所得金額 | 算入されない |
| 配偶者控除・扶養控除 | 合計所得金額で判定 | 算入されない |
申告不要制度の最大のメリットは、「所得税・住民税を源泉徴収で完結させ、国保や扶養判定に影響を与えない」点にある。
一方、総合課税(配当控除)のメリットは「所得税の還付が受けられる」点だ。この2つのメリットを両立させるのが、前述の「所得税は総合課税・住民税は申告不要」という組み合わせ戦略だった。
ただし、2024年1月以降の申告(2023年分)から、住民税の申告不要制度の取り扱いが変わっている。国税庁の令和5年度税制改正の解説によると、所得税で確定申告をした場合、原則として住民税も同じ申告内容が適用されるようになった。以前のように「所得税だけ申告して住民税は申告不要」という選択が難しくなっているため、最新の制度を確認したうえで判断することが必須だ。

06自分に合う申告方法の選び方:判断フロー
どの申告方法を選ぶべきか、判断の基準を整理する。
07FIRE後の資産運用で意識すべき「所得設計」という発想

FIREを達成した後、多くの人が「資産をどう増やすか」に集中する。しかし同じくらい重要なのが、「どの所得をいくら表に出すか」という所得設計の視点だ。
日本の社会保険・税制は「申告した所得」を基準に動く。逆に言えば、適法な範囲で「表に出す所得」をコントロールすることが、手取りの最大化に直結する。
たとえば、国保の所得割が発生しない水準(自治体によって異なるが、概ね合計所得43万円以下で均等割の軽減が受けられる)に所得を抑えることができれば、国保保険料を大幅に圧縮できる。
厚生労働省の令和5年度国民健康保険実態調査によると、国保加入者の平均保険料は1人あたり年間約13.5万円だが、所得水準によっては年間50万円を超えるケースもある。この差は制度の理解度によって生まれている。
また、NISAを最大限活用することで「申告不要の非課税所得」を増やす戦略も有効だ。2024年から始まった新NISAでは、年間360万円・生涯1,800万円の枠内で得た運用益はすべて非課税。当然、国保の算定基礎にも入らない。
FIREを目指すハイキャリアにとって、NISAは「節税」という枠を超えた「所得設計の基盤」として機能する。
08会社員のうちに仕込んでおくべきチェックリスト
FIRE前の会社員時代に確認・準備しておくべき事項をまとめた。
- ✓特定口座(源泉徴収あり)で運用しているか確認した
- ✓保有銘柄の配当収入の年間総額を把握している
- FIREした場合の国保保険料を自治体のシミュレーターで試算した
- 配偶者の株式所得が扶養判定に影響しないか確認した
- 新NISAの成長投資枠・つみたて投資枠の活用計画を立てた
- 損益通算が必要な年の国保への影響を試算した
- 退職後の健康保険の選択肢(任意継続 vs 国保)を比較した
- 確定申告の判断を税理士に相談する予定がある

09注意点:制度は毎年変わる。「去年の正解」が今年の正解とは限らない
税制・社会保険制度は毎年改正が入る。特に以下の点は、定期的な確認が必要だ。
住民税の申告不要制度の変更
2023年度税制改正により、2024年1月以降の申告から、所得税の確定申告内容が原則として住民税にも反映される仕組みになった。かつて有効だった「所得税のみ総合課税で申告し、住民税は申告不要にする」戦略の適用が難しくなっている。
国保の上限額の引き上げ
国保保険料の上限額は毎年見直される。2024年度は医療分89万円・後期高齢者支援金分24万円・介護分17万円の合計130万円が上限だ(厚生労働省・令和6年度国保料率改定の概要より)。高所得者ほど上限に達しやすく、申告不要を選んでも大差がないケースも出てくる。
配当控除の対象外となるケース
外国株式の配当は配当控除の対象外だ。米国株ETFや個別株の配当を総合課税で申告しても、配当控除は適用されない。国保への影響だけが残る最悪のパターンになりうるため注意が必要だ。
※本記事の内容は2026年時点の情報に基づいています。税務・社会保険料の判断は、必ず税理士・社会保険労務士にご確認ください。

10まとめ:「申告すれば得」は半分だけ正しい
- —株の確定申告(総合課税・申告分離課税)は国保保険料の算定基礎に加算される。所得税の節税効果と国保の増額分を必ずセットで試算すること
- —配当控除は課税所得695万円以下の場合に有効だが、国保・扶養への影響を無視すると逆効果になる。特にFIRE後・退職後の国保加入者は要注意
- —2024年以降、住民税の申告不要制度の扱いが変わった。「所得税だけ総合課税」という従来の組み合わせ戦略が使いにくくなっているため、最新情報の確認が必須
- —新NISAを「所得設計の基盤」として活用する。非課税・申告不要の運用益を増やすことで、国保や扶養への影響を最小化しながら資産を育てられる
「どの制度を選ぶか」ではなく「3層(所得税・住民税・社会保険)を一体で最適化する」という視点が、手取りの差を生む。
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